皆様こんにちわ。
今春開催の聖パトリックスデーパレード(センパレ)
東京開催20周年の記念大会になります。
現在各セクション、催事のビルドアップに力を入れています。
そこで、せっかくですので「地球は狭い」の合言葉を胸に
世界の聖パトリックスデーパレード開催都市を
一挙ラインナップ!
Line up Stage1
アメリカ合衆国
United States
(駐愛 米国大使館)
http://dublin.usembassy.gov/index.html
・・・・まず、アメリカ合衆国、「長生きセンパレ」リスト・・・・
・・・歴史をあなどるなかれ・・・
The longest-running Saint Patrick’s Day celebrations in the U.S.
are:
Boston, Massachusetts, since 1737
New York City, since 1762 (247th Consecutive Parade in 2008)
Philadelphia, Pennsylvania, since 1771
Morristown, New Jersey, since 1780
New Orleans, Louisiana, since 1809
Buffalo, New York, since 1811
Savannah, Georgia, since 1813
Carbondale, Pennsylvania, since 1833
Milwaukee, Wisconsin, since 1843
Chicago, Illinois, since 1843
New Haven, Connecticut, since 1845
Saint Paul, Minnesota, since 1851
San Francisco, Califoria, since 1852
Scranton, Pennsylvania, since 1862
Cleveland, Ohio, since 1867
Pittsburgh, Pennsylvania, since 1869
Kansas City, Missouri, since 1873
Butte, Montana, since 1882
(Source: Wikipedia USA)
・・・やはりボストンの歴史は古い・・・
アメリカ・・・・・
・・・広大すぎる大地・・・
朝、ロスから車を走らせ、どんなに飛ばしても
日が暮れるころはアリゾナ先住民地区が精一杯・・・
ラスベガスで運転資金を稼ぎ出し
翌日、ひたすらユタ州の牧草地帯を眼下にし、
猛吹雪の夜は安モーテルでピザを食べ
シカゴまでのハイウエイは48時間オートクルーズの走行音
シカゴからニューヨークまではインターステイトを選択しても
まる3日・・・・
そんな陰鬱な青春を送っておりました・・・・(-_-;)
でも結局、アメリカは好きです・・・・
常に何かが動いている・・・
何かを学べば必ずアメリカにぶち当たる・・・
アメリカンドリームの体現をなす偉人も現れれば、
生きるため、常に人と人が摩擦を起こし分化・同化する・・・
様々な差別が存在し、アイリッシュもご多分にもれず洗礼をうけましたが・・・
個々の血の滲むような努力で人生を切り開く・・・
常に脈々と動き、ぶつかり、生み出す大国・・・
そんなアメリカが大好きです・・・・
これだけは言っておきますが・・・
はっきり言ってほとんどの州のどこかでパレードは必ず行われます・・・
オバマも黙るアイリッシュパワー恐るべし・・・
しかし50州全部をアップするとブログが「絵巻」になってしまう・・・
そんなことで、今回はアルファベティカルA-Lの米国州をフィーチャーします!
今回は州別に代表的なパレードをフィーチャー
http://www.inj.or.jp/seanachai/ireland/05america.html
アメリカの中のアイルランド
(INJ Archives より)
アイルランドはまだ多くの日本人にはあまり知られていない国だとよく感じます。アイスランドと混同したり、イギリスの一部だと思っている人は多いようです。知っている人にとってもヨーロッパの外れの遥か彼方にある国という印象だと思います
ところ変わってアメリカに行くと、アイルランドはとても身近な国です。アイルランドへは東海岸から大西洋を挟んで飛行機なら7時間ほどで行ける、ヨーロッパの中でも近い国です。英語が使えることもあって、ビジネスの世界でも交流が深いです。「私はアイルランド系だ」という人は多く、セント・パトリックス・デイとなると全米各地でパレードが行われ、突然その日だけアメリカのアイリッシュの人口が増えます(笑)。地理的にも精神的にも、とても身近な存在であるようです
アイルランド系移民
アイルランドは現在人口4百万人ほどの国ですが、かつては8百万人の人口がいました。ところが1840年代にジャガイモ飢饉(Potato Famine)が起こり、百万人が飢えや病気で死に、2百万人が北米へ生きるために移民して行きました。その後もアイルランドから成功を夢見てアメリカへの移民は続きます。映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2001年)では到着直後のアイリッシュが、「タイタニック」(1997年)では三等船室に1912年希望を求めてアメリカに渡っていったであろうアイリッシュなどが描かれていました。また、「アンジェラの灰」(1999)でも1930年代の貧困の様子などが描かれています。
東海岸のマサチューセッツ州、特にボストンはアイリッシュの町として有名で、飢饉の移民の内10万人がボストンに行きました。現在はマサチューセッツ州の人口の4分の1弱が自称アイルランド系です。ちなみにニューヨークは 12%ほど。比率ではなく人数としてアイルランド系が一番多いのはカリフォルニア州です。
全米に4,000万人いるといわれるアイルランド系アメリカ人。定年を迎えた人たちがファミリーツリーをたどって自身のルーツを探る旅行をするなど、毎年多くのアメリカ人がアイルランドを訪れます。ちなみに、英語に自信があればアイルランドの観光ガイドブックはアメリカの本を使うと便利です。需要の関係からか、種類も多くとても詳しいです。
アメリカ文化への影響
そういったアイルランド移民の影響はアメリカ文化の中にも色濃く現れています。アイルランド移民が持ち込んだアイルランド民謡は他の移民の音楽と交わることによってカントリー&ウエスタンという音楽へと発展していきました。フィドルの使い方などがそういったルーツを感じさせます。また、足だけを使うアイリッシュダンスがアメリカに渡り、アフリカ系アメリカ人のダンスと融合することによってタップダンスとして独自のスタイルを確立して行きました。もしアイリッシュダンスが無かったら、フレッド・アステアやジーン・ケリーの華麗なダンスが見られなかったかも知れないところでした。
警察官と消防士
このようにアメリカ社会で重要な構成要員となったアイルランド系住民ですが、移民当初はそれほど歓迎されたわけではありませんでした。昔、アメリカでは警察官と消防士はアイルランド人が多くいました。これは真面目で誠実な性格がそういった職業に向いていたと言われますが、他にも理由はあったようです。アイルランド人がアメリカに移民していった当初、新教徒の国アメリカに後からやってきたカトリック教徒であるアイルランド人は、イタリア人移民同様、大変な差別を受けました。危険で皆がやりたがらない職業につくしかなかったという事実も、もう一つの理由のようです。もちろん今では誇りある仕事として尊敬を込めてアイリッシュが多い仕事として語られています。
ところで消防士を描いた映画「バックドラフト」(1991年)はアイルランド系の兄弟の設定。舞台のシカゴもアイルランド系が多いところとして知られていますが、冒頭でセント・パトリックス・デイのパレードが出てくるのは、そういったアイルランドとの関係を意識したものですね。更に蛇足ですが、映画「ロボコップ」(1987年)で未来の警察官である主人公の名前が、アイリッシュを思わせるマーフィーなのは可笑しかったです。
セント・パトリックス・デイ
アイルランド人にとって特別な日であるセント・パトリックス・デイは、パレードという形でお祝いをするようになったのはアメリカ、ニューヨークが発祥です。アメリカに渡ったアイルランド人が故郷を偲んで 3月17日に行ったパレードが、ハロウィーン同様、アイルランドに逆輸入されたわけです。今日、ニューヨークでは15万人がパレードをする世界で一番大きなセント・パトリックス・デイ・パレードとなりました。アメリカでこの日に関係深い料理としてのコーンビーフ(Corned beef)は、アメリカに渡ったアイリッシュがアイリッシュベーコンの代わりに食べたのが広まりました。ビールにフードカラーを入れてグリーンのビールにして飲むというのは今のところ逆輸入はされていないようです。
ケネディー大統領
アメリカで最も有名なアイルランド系アメリカ人と言えば故ジョン F. ケネディー大統領でしょう。ジャガイモ飢饉のときのアイルランド移民のひ孫にあたり、マサチューセッツ出身のケネディー大統領はアメリカでは歴代の大統領の中でもとても人気のある大統領です。しかしニクソンとのテレビ討論で有名な選挙戦の際は、カトリックということが大きな懸念材料だったようです。プロテスタントが作った国アメリカにおいて、ケネディーは歴代大統領では初めてのカトリック教徒で、当初はバチカンとホワイトハウスにトンネルが出来るのではないかと心配する者がいたぐらいでした。それが今では50セント・コインの肖像画となっているほどの人気です。ちなみにケネディーが大統領選に出馬した際は、ボストンの票の75%が彼に投じられました。
アイリッシュのイメージ
アメリカのTVでアイコン的存在の番組、スタートレック・シリーズではアイリッシュを強調したキャラクターが出てくるときがありますが、ロバと茅葺屋根の家に住んでいるといった100年前に時間が止まったような印象のキャラクター達ばかりです。アイルランドのそういった時代が郷愁を誘うのかも知れません。アイリッシュは、男は陽気な酒飲み、女性は赤毛で気が強い、というイメージがアメリカではあるようですが、このイメージは自らアイルランド系ということを誇りにしていた巨匠ジョン・フォード監督の映画「静かなる男」(1952年)を見れば分かり易いです。というよりもジョン・フォード監督が広めたと言った方が良いかも知れません。
最後に。イラク戦争で地理的理由からアイルランド西海岸のシャノン空港が米軍機の給油地となっています。2004年の6月にブッシュ大統領がアイルランドを訪問する事をきっかけに、アイルランドで大きな反対デモが起きました。今まで中立だったアイルランドですが、このデモの様子はアメリカではトップニュースとして取り上げられていたようです。小国ながら心の故郷とも言えるアイルランドの人たちの、アメリカに対するイメージは結構気になるのかも知れません。
United States センパレ (By State)
chart A to L
(各州データならびに所在地図:Wikipediaより引用・抜粋)
Alabama
Arkansas
世界一短いセンパレがあります!
http://www.shorteststpats.com/
(コロラド州ボルダーのパレードでは半ブロックしか動かないパレードで世界一短い
っと言ってる方がいるのですが、米国の報道機関を精査したところ
どうも「話題つくり」の感があって、あくまで「世界一短い聖パトリックスデーパレード」は
こちらアーカンソー、ということになっています。ABC/FOX/CBS/NBC/確認済)
・・・・まあこういう 世界一OOOOとかってアメリカ好きですから・・・・・
Chicago
http://www.chicagostpatsparade.com/
イリノイ州(Illinois IL、英語発音: /IL-I-NOY)は、アメリカ合衆国の州。アメリカ合衆国に加盟したのは21番目であり、人口では国内5番目、中西部では人口最大、かつ民族構成が最も多様化した州である。
州都はスプリングフィールド市で、最大都市は北東部にあるシカゴ市。州の中部や西部には小さな工業都市と生産性の高い農業地帯があり、南部には石炭、木材および石油など天然資源に恵まれ、幅広い経済基盤がある。シカゴの港はイリノイ川を経由して五大湖とミシシッピ川を結ぶ交通の要衝である。イリノイ州はアメリカ合衆国の縮図と言われることが多い。AP通信が行った21項目の人口動態解析に拠るとイリノイ州は「最も平均的な州」であり、州の中央にあるピオリア市は、「ピオリアでうまく行くかい?」という疑問文がアメリカ大衆の主流に訴えるものであるかどうかの隠喩になってきており、新しい商品、サービスおよび世論調査では市場調査の場所として使われることが多い
現在のイリノイ州南部にあったミシシッピ文化の都市カホキアは西暦1300年から1400年にかけて人口が4万人近くいたと言われ、当時さらには1790年までアメリカ合衆国の中で最大の都市だった(1790年にニューヨーク市の人口が4万人を超えた)。カホキアの地は次第に廃れていき、アメリカ独立のときはわずか2,000人ほどのインディアンと少数のフランス人開拓者がいただけだった。1810年代にケンタッキー州から移民開拓者が到着し始め、1818年には州に昇格した。シカゴはシカゴ川の岸で、ミシガン湖南部の数少ない天然の良港の地に1830年代に設立された。ジョン・ディアが籾殻を取る鉄製鋤を発明したことで州中部の肥沃なプレーリーを世界で最も生産力があり貴重な農地に変え、これと鉄道が開通したことで、ドイツやスウェーデンの移民農業者を惹きつけることになった。
1900年までに北部の工業都市や中部および南部の炭鉱で働き口が増えたことで東ヨーロッパや南ヨーロッパからの移民も惹きつけた。その工業生産力で二度の世界大戦中は重要な兵器製造工場になった。南部の田園地帯からシカゴへ、アフリカ系アメリカ人の大移住が起こり、その大きく重要な社会が形成されて、ジャズやブルースのような文化を創った。今日州内人口の74%は州の北東部隅、特にシカゴとその大都市圏に居住している。
イリノイ州から3人のアメリカ合衆国大統領が選ばれた。エイブラハム・リンカーン、ユリシーズ・グラントおよびバラク・オバマである。しかし、イリノイ州で生まれた大統領は、タンピコ生まれでディクソンで育ち、ユーレカ大学を出たロナルド・レーガンのみである。リンカーンは州都スプリングフィールドのオークリッジ墓地に埋葬されており、イリノイ州に埋葬されている唯一の大統領である。今日イリノイ州は「リンカーンの地 (Land of Lincoln)」という州の公式スローガンでリンカーンが残した遺産の重要さを強調しており、この言葉は車のナンバープレートにも表示されている。
Connecticut
デラウェア州 (Delaware) はアメリカ合衆国の連邦を構成する州の一つである。ここはアメリカ合衆国憲法を1787年12月7日に批准したが、建国に関わった13植民地のうちで最初に批准した州であることから、First State として知られている。ロードアイランド州に次いで2番目に面積が小さく、人口数では45番目だが人口密度では7番目の州である。
入植した英国人が、原住民族レナペ族からイカサマによって彼らの土地を奪ったことでよく知られ、その出自からしばしばアメリカ合衆国の縮図とも言われる州である。
Indiana
http://www.indysportsfoundation.com/indystpats/index.htm
インディアナ州 (Indiana IN)は、アメリカ合衆国中西部の州。州の北はミシガン州に、東はオハイオ州に、西はイリノイ州に、南はケンタッキー州に接している。
州名は「インディアンの土地」を意味する。
インディアナ州となった地域にはおそらく紀元前8000年ころにアメリカ州の移住性の先住民族が住んでいた。これらの種族では数千年の間に支配的な種族が次々と入れ替わった。この地域は、最初のヨーロッパ人が入ってきて、1670年代にフランス王国の領土と主張されたときに有史時代が始まった。フランスの支配が100年間続いた後のフレンチ・インディアン戦争の結果、この地域はイギリス王国の支配下に入った。イギリスの支配は短命であり、わずか20年後には、アメリカ独立戦争の結果として新生アメリカ合衆国に委譲された。
アメリカ合衆国がインディアナを領有した時点では、全地域にヨーロッパ人開拓地がわずか2つあるだけだった。アメリカ合衆国は即座にインディアナの開発を開始した。1800年、インディアナ準州が設立され、1816年に合衆国19番目の州として昇格する時まで着実に開拓が進んだ。州昇格後、新しい州政府はインディアナを荒野の辺境から、開発され、人口があり、繁栄する州に変えるという野心のある計画を開始した。州の創設者達は、道路、運河、鉄道および州営の公共学校の建設に繋がる計画を始めた。1850年代、州人口は100万人を超え、州の創設者達の野心的計画は日の目を見た。
南北戦争の間、インディアナ州は政治的に影響力を持ち、国全体の問題について重要な役割を果たした。戦争のために最初に軍隊を動員した西部州として、戦争中のあらゆる戦いにインディアナ州の軍人が関わった。南北戦争終結後、インディアナ州は大統領選挙で重要な接戦州となり、30年の間連邦政府の行方を決めるという国全体に関わる重みを保ち続けた。
20世紀初期、インディアナ州は強い工業州となり、続く1930年代の世界恐慌では逆流を経験した。インディアナポリス・モーター・スピードウェイの建設で州内の自動車産業が始まり、それに続く都市の成長と2つの世界大戦で多くの発展を見ることになった。第二次世界大戦中に経済復興が始まり、実質成長を享受し続けた。20世紀の後半、イーライリリー・アンド・カンパニーなどの会社が州内で設立され薬品工業で指導的地域となった。
Iowa
・・いい感じの田舎です・・
Kentucky
アメリカ合衆国では、州の下の行政単位を郡、「カウンティ」とわけます。ケンタッキー州では、なんとそれがさらに「乾いたカウンティー」と「湿ったカウンティー」の二種類に分類されます。
実は、100以上もあるケンタッキー州のカウンティーの三分の二強は「ドライ・カウンティー」といわれ、いまだに「禁酒法」の適用を受けている地域です!お酒が自由に売買できる、「ウェット・カウンティー」は全体の三分の一にも満たないのだ。
バーボンと競馬の街なのに、酒好きアイリッシュには「しんどい」州なのかもね。
http://louisvilleirish.com/index.html