国境を越えたハーンのオープン・マインド
ギリシャ小泉八雲没後110年記念事業
「The Open Mind of Lafcadio Hearn 〜His Spirit
from the West to the East〜」
ギリシャ小泉八雲没後110年記念事業実行委員会
コーディネーター 小泉祥子
~写真提供~
Photo Summary:
The Open Mind of Lafcadio Hearn at The Ionian Blue Hotel in Lefkada. Lafcadio Hearn's Reading Performance by Shiro Sano & Kyoji Yamamoto, The Open Theater of Lefkas Cultural Center, Seiwa Bunraku "Yuki Onna The Open Theater of Lefkas Cultural Center. Lafkadio Hearn Historical Center at Lefkas Cultural Center
はじめに
2014年7月。イオニア海に浮かぶ小さな島レフカダ島で、小泉八雲没後110年を記念したイベントが開催されました。この記念事業の総合テーマは「オープン・マインド・オブ・ラフカディオ・ハーン―西洋から東洋へ―」。日本のハーンゆかりの各地の自治体や研究・顕彰団体で実行委員会を組織し、3つの事業を行いました。
まずは、そのテーマと同名の国際シンポジウムを開催し、ハーンの「オープン・マインド」の意味とその事績の現代社会への活用の可能性を、日本・ギリシャ・アイルランド・マルティニーク(フランスの海外県)出身の9人のパネリストにより検証しました。
またレフカダ文化センター内にヨーロッパ初の「ラフカディオ・ハーン・ヒストリカル・センター」がオープンしました。熊本・松江・焼津・新宿・富山など八雲ゆかりの地から草稿や遺愛品などのレプリカを寄贈し、書籍や写真などとともに展示されています。特筆すべきは、このシンポジウムに遥かニュージーランドとオーストラリアから、ハーンの曾祖父にあたるRobert Thomas Hearn (1734-1792)の子孫が参加してくださったことです。彼らは、主人と私が2012年にアイルランドのコングを訪れた時、偶然にも街の小さなパブで出会ったことがきっかけで、参加を決めてくれました。”coincidence” アイルランドではよくあることだそうです。彼らはヒストリカル・センターに、Robert Thomas Hearnの貴重な小さな肖像を寄贈して下さりました。
そして松江出身の佐野史郎さん・山本恭司さんによる朗読ライブ「望郷―失われることのない永遠の魂の故郷―」と熊本県山都町に伝わる人形浄瑠璃、清和文楽による「雪女」の二つのパフォーマンスをレフカダで公演しました。公演は、夜のとばりが降りるころ静かに始まり、海風が優しくそよぐ水辺の野外ステージで次第に人々を感動へと誘っていきました。最後の音が鳴り終えた時、600人の聴衆は立ち上がり、彼らに惜しみない拍手を贈りしました。言葉と音と日本の美は、ハーン文学と共に国境も言語も超えたことを実感したのです。それは160年もの歳月を超えて、ハーンと母ローザの魂が出会った瞬間でした。
旅する美術展 “The Open Mind of
Lafcadio Hearn”
このオープン・マインドのプロジェクトは2009年ギリシャから始まり、松江、ニューヨーク、ニューオーリンズ、そして再びギリシャへとつながってきました。もともとハーンのオープン・マインドを現代アートで表現しようとする斬新な美術展から始まり、その美術展は各地を旅するたびに、多くの人の共感を得ることができたと思います。
では、それはなぜでしょうか。おそらくハーンを文学者という枠に閉じ込めないで、彼の「オープン・マインド」を全く新しい方法でアプローチしていったこと、すなわちアートという新しい視点で文化や観光の新たな切り口として提案してきたことが、文学の世界のみならずアートそしてツーリズムへとその裾野を広げていったことに起因すると思います。また、松江の美術展の参加アーティストにはアイルランド人アーティストも含まれ、そのオープニング式典にはアイルランド・ギリシャの両大使が臨席され、ハーンを通して国と国の友好の手掛かりができたことも、今後につながっていく大きな要因でした。
国際シンポジウム The Open Mind of
Lafcadio Hearn ~His
Spirit from the West to the East
ハーンは、「世界が必要を感じているのは、古代ギリシャの幸福と優しさの精神の回復」と述べるほど古代ギリシャへの憧れを抱いていました。ですから、このシンポジウムがギリシャで開催されるということは彼の出自や生まれながらのアイデンティティを思えば自然なことだと思われます。
シンポジウムは、7月5日と6日の2日間にわたって、イオニアン・ブルーという驚くほど美しい景色が広がる五つ星のホテルで行われました。まず、ゲストスピーチでは、小泉凡実行委員長のあいさつに続き、西林万寿夫駐ギリシャ日本大使、レフカダのアラバニス市長、ギリシャ・アメリカン・カレッジのデイヴィッド・ホーナー学長(学長はアイリッシュ・アメリカン)、在ギリシャアイルランド大使館の一等書記官ルーク・フィーニ―氏による挨拶をいただきました。フィー二―氏は、スピーチの中で現在建設中のトラモアの小泉八雲庭園に触れられ、「小泉八雲がアイルランドにとってどんなに大切な存在なのかということを改めて市民が確認しつつある。そして、ギリシャとアイルランドのクロスカルチャーの申し子である小泉八雲がこのように平和と人権に貢献することのできる人間に育ち、その彼がアイルランド人の血を持っているということに喜びを覚えます。」と述べられました。
シンポジウムに先立ち、曾孫の小泉凡氏がハーンのオープン・マインドの熟成過程とその文化背景をスライドショーで示し、その後2日間に渡って、「教室のオープン・マインド」「流浪と探求の旅」「想像のギリシャ」「再話文学の世界性」「トランスナショナル」「仏教」「エグゾティシズムと文化越境」「文化的アイデンティティ」「ゴシック・ホラー」という多様な切り口からハーンのオープン・マインド形成の軌跡にアプローチがなされました。
パネリストの一人ジョン・モーラン氏(アイリッシュ・タイムズ記者)は、ハーンの幼少期の影響について触れ、母ローザの存在とハーンの女性観、古代ギリシャへの憧れ、アイルランドでの体験の重要性、それらの事が世界の文明の開拓者なったパトリック・ラフカディオ・ハーンから小泉八雲へと続く非常に長い旅路へとオープン・マインドを開花させていったと結びました。
ポール・マレイ氏(ハーン伝記作家)は、ハーンの心に刻まれたゴシック・ホラーについて、ハーンが幼少期を過ごしたアイルランドでの恐怖体験が心の中に永久に刻み込まれ、後の彼の著作に多大なる影響を与えたと述べました。幼少時代の行き場のない矛盾して混乱していた感情が、来日後日本人家族に囲まれた幸せな経験によって子どもの頃の記憶を浄化させ、作品を通してパトリック・ラフカディオとしての少年時代のアイデンティティが再び表舞台へと出てきたのではないかと結びました。
最後のコンクルージョンは大変興味深い示唆がなされていたので、一部ご紹介したいと思います。「ラフカディオ・ハーンは人間として常に生きてきた。自分が間違っていることも、偏見を持っていることも、怒りを持っていることも否定しないまま、常に新しいもの違ったものに対して興味と好奇心を持って近づこうとする。それこそが彼のオープン・マインドの源ではないだろうか。」そして、ハーンは文化的に多様な層を持つ「世界市民」であるということ、「世界が本当に必要としているのは、ハーンのような人だ」と提案され、ハーンのオープン・マインドを現代の子どもたちにも伝えるべきだと結ばれました。
少なくとも会場にいたギリシャ・アイルランド・イギリス・フランス・日本がひとつになって、有意義で幸せな時間を共有したことに間違いありません。
シンポジウムをはじめとする一連のイベントにはギリシャの日本大使館とスポンサーの皆様の多大なサポートをいただき成功へと導いていただきました。ご協力いただいた関係者の皆様に心から感謝します。
そしてアイルランドへ
直近のレフカダからの報告では、新しいハーン・ミュージアムには噂を聞きつけた島民と観光客が次々と訪れ、1日に2度(午前と夕方)開館することを決定したと聞きます。
これこそ記念事業の嬉しい成果であり、「オープン・マインド」というハーンの精神が人々を平和でポジティブな方向へ導いてくれたように感じます。
来年は、アイルランドのトラモアという小さな町に小泉八雲庭園ができることが決まっています。そして、このオープン・マインドの締めくくりに、アイルランドにハーンの魂を連れて帰ることができるなら、彼は喜んでくれるでしょうか。今、そのプロジェクトは、少しずつ動き始めています。来年、アイルランドでお会いしましょう。