ページ

2012年3月28日水曜日

✰【INJ Essay】✰「What’s the craic? 天気は悪いが今日も元気!わかふぇよしみのゴールウェイ徒然草」Vol 13~セントパトリックスデー・ゴールウェイ、アイルランド✰






「セントパトリックスデー」

このサイトに興味のあるかたはもうご存知と思いますが、317日はセントパトリックスデー!
アイルランドにキリスト教を広めたアイルランドの守護聖人、聖パトリックの命日です。
その聖パトリック=パディーをお祭りする、この日はアイルランドでは国内最大級の祝日です。
1年の中でクリスマスと並んでみんなが楽しみにしている祝日の一つですが、クリスマスとちょっと違うのは、キリスト教の伝統を重んじ、家で静かに家族と祝うクリスマスと反して、セントパトリックスデーは、みんなの為のお祭りなので家族や友達同士で集まりパレードやパブに繰り出し、大騒ぎすることです。










寒く雨風が厳しかった長い冬がやっと終わり、ようやく迎える春がちょうどこのころ。
アイルランド人にとって、この春を呼ぶお祭りとも言えるセントパトリックスデーは自分がアイリッシュであることを再認識し、春の訪れ喜び開放感に身を浸し、大いに飲んで騒いで羽目を外す一日となります。
世界中に散っているアイリッシュたちにとってもこの日はエメラルドグリーンの故郷を思い懐かしむ日になっているに違いありません。
そして、アイルランド国内では「国民的酔っぱらいの日」と言っても過言ではないくらいに、みんな大酒を食らいます。(笑)










セントパトリックスのパレードは今や世界に広がっているようですが、アイルランドではどんな小さな街でも開催されています。(補足:パレード自体は1762317日、アメリカ合衆国ニューヨークで始まったのがルーツ)

ここゴールウェイでも毎年盛大にパレードが行われ、各種団体がそれぞれのテーマに基づき趣向を凝らした出し物をしながら行進します。
外国人の多いゴールウェイでは、パレードの内容も国際色豊かです。

さすがはお祭り好きなアイルランドの人々、この日は気合の入れ方が違います。
パレードの時間に合わせて、老いも若きもグリーンのコスプレ?(笑)でキメてわらわらとやってきます。
その日の為に犬もグリーンにカラーリングされていたりと、アイルランド人のセントパトリックデーにかける情熱には目を見張ります。
日本にも一年一度のお祭りに命かけちゃってるような人がたまにいますが、でも日本と違う所は観客も同じテンションで仮装したりする所です。
パレードに出ている人よりも沿道の人たちのが派手じゃないか、という場面も多々あり、そんなこんなで大変楽しい日となります。









さて、ここから実際私が経験したパレードの行進の様子をご紹介します。



去年のセントパトリックスデー。初参加。2011年,去年日本に一時帰国中の東京で震災に遭いました。
そしてなんとか予定通りセントパトリックデーの前日316日にゴールウェイに戻ってきたらたくさんの人が心配して待ってくれていました。
日本での災害は原子炉問題も加わって混乱を極めており、日本の未来はどうなってしまうのかと不安に思いながらも遠くにいても何かできないかと考え、日本で被災した人たちや日本のことを心配してくれているゴールウェイの人たちに何かメッセージを送りたいと思ってパレードに飛び入り参加しました。

「がんばれ日本。We are with you!


という即席の看板を作り、からだの空いていた友達2人と共に、パレードの行列の隙間に入れてもらいました。
3人だけの日本チームのパレード。
沿道の人が静かにでも大きな拍手して見送ってくれました。
そして途中で何人かの日本人の友達にも会ったので、一緒に参加してもらい、何をするというわけでもなく、とにかく前を向いて歩きました。







パレードの最後、ゴールウェイの市会議員たちが揃ってパレードを見物する物見台のようなところを通ったとき、誰ともなしに全員が静かに立ちあがりスタンディングオベーションで私たちを見送ってくれました。
これには参りました。あやうく涙が出そうになりました。
ゴールウェイ人の優しさを心に感じました。
そして、その後ショップストリートで簡易募金活動所を設置し、義援金を募った所、お祭りの最中にも拘わらずたくさんの人が訪れて、哀悼のメッセージと共に、ポケットの中身を見もせずに募金箱にお金を入れてくれたのでした。
アイルランドの不景気は深刻さを増している時期でしたが、50ユーロ札がばんばんと募金箱に入っていきました。
困っている人を放っておけないアイルランドの人々、おそらくその日自分が飲むはずだったビールを控えてでも、募金箱にお金を入れてくれたのでしょう。
アイルランド人の心の優しさにじ~~んとした日でした。
この日集まった義援金€4652.34は後日、在アイルランド日本大使館を通して日本赤十字に寄付されました。









今年のセントパトリックデー 2012年。
今年は去年のお礼がしたいね、と日本人みんなで言っていたので今回は、ちゃんと申し込みをしてから参加しました。
ARIGATO! 」「Go raibh maith agat (アイルランド語でありがとうの意味)の看板を作って、ついでに緑色の巨大折鶴の神輿も作って、みんなで「わっしょい!わっしょい!」と担いで参加しました。
今回は在住日本人だけでなく、柔術クラブのメンバーの参加もありましたので、浴衣や道着姿の着物軍団の行列となって、なかなか楽しい行進となりました。

 「わっしょい、わっしょい」という掛け声はこちらの人には珍しいらしく、沿道で真似する人たちもたくさんいました。
始めは恥ずかしい、と言っていた日本人の友達も終了後は、「意外と楽しかった。来年は大名行列で!」みたいな、ことを言っていたのでゴールウェイでのセントパトリックパレードの日本人チームの参加は恒例となる予感です。









さて、今回はセントパトリックスデーについてゴールウェイ在住の2人のゲストライターをお呼びしてそれぞれの「センパレ」について語ってもらいます。

まずは、アイルランド文学なら、Kenny Book Shopと世界的に有名な老舗の本屋で製本家として働く石原民奈から。
みなちゃんはフルタイムで働きながら、家事も育児もしながら、そしてイベント等にも精力的に参加しながら、ゴールウェイでパワフルにがんばっている女性です。
セントパトリックスのパレードには地元のアーティストのお友達が多い、みなちゃんらしく日本人では唯一、ずっと前から参加していました。









「ゴールウェイでのパディーズデー」 

3月17日のセントパトリックスデーは、地元の人たちからパディーズデーと呼ばれている国民の祝日です。
月曜日に来る普段のバンクホリデーと違い(クリスマス期を除き)、珍しく平日にお休みの来ることのある祝日です。
2月のバレンタインデーのピンクや赤のハートがいっぱいのショーウィンドウの飾り付けがだんだん緑・緑したものや、シャムロックのものに変わってくると、「そろそろパディーズデーだなー」と感じることになります。
お店にも関連グッズ(緑のかつら、サングラス、Tシャツ、下着・・・何でも!)がたくさん並びます。
パディーズデーの当日は、パレードのあるお昼頃から盛り上がり始めます。
このパレードはとても地域密着型で、何年もゴールウェイにいる人なら「パレードに出ている人が知っている人ばかり!」といった風です。
どこかの柔道クラブだったり、日本人コミュニティーだったり、どこかの学校だったり、ストリートシアターグループだったり、パレードに参加する団体に属していれば(いなくても友達であれば!)割と簡単にパレードに参加できるのです。悪く言えば、プロフェッショナル性に欠けるのですが、(知人を多く含む)みんなが手作りの仮装で楽しそうに街を練り歩いているのを眺めるのはワクワクするものです。
根っからのゴールウェイの地元人たちは割とパレードを敬遠するのですが、それでも、パレードを見に来る人の数は相当なものです。
パレードが廻るストリートの両端は、始めから終りまで人がすし詰めで、こんなにゴールウェイに人が住んでいるんだと驚かされてしまいます。
また、パレード中はストリートのお店は半ば開店休業状態で、店員さんたちも楽しそうに見物しています。
仮装あり、ダンスあり、バイクあり、大きな人形あり、なかなか退屈しません。
いろいろ言う人もいるけれど、結局見ている人たちは、この楽しくホームメイド感あふれるパレードがきっと好きなのです。
パレードの後は街はかなり混雑します。
パレードを見ていた人たちに加え、参加していた人たち、パレード後に街に来た人たち等でごった返します。
多くの人たちが、おのおのに緑のものを身につけています。








またこの日は(この日に限らず、アイルランドでは、人々は比較的早い時間からお酒を飲みだす印象はありますが)
みんなお昼から堂々と飲み始めるので、パブも大忙しです。
そして自動的に、夕方迄には街中に出来上がった人たちが増え、多くの子連れの人たちは退散し、残った人たちはひたすら飲み続け、パブが閉まると飲み足りない人たちは、ナイトクラブやレイトバーなどに流れていきそれも閉まると、まだ足りなければ、ハウスパーティーなどに向かいます。
今年は土曜日でしたが、パディーズデーが週の中日にあると、仕事をしている人はお祭りを楽しんだ見返りに翌日とてもつらい思いをします。
ちなみに街のデコレーションは数日すると緑のものから、春らしい色のイースター関連のもの、イースターエッグや、イースターバニー、ひよこといったものにとって変わられます。
日も長くなり始め、この頃から本格的に長い冬の終わり、春の始まりを感じるいい季節になります。

By 石原民奈







 


次は現Galway Rotary Club会長であり、昔日本に長い間住んでたMichaelDukeです。
彼はなんと1992年の東京・表参道で行われた日本初のセントパトリックデーのパレードに拘わった人物です。



彼こそがINJOBであり、今でこそ日本各地で行われるようになったセントパトリックスデーパレードの火付け役なのです。
日本でゴールウェイ出身の奥さんと知り合い、それが縁あってゴールウェイにやって来て、20年の時を経て今回INJにエッセイを寄稿してくれることになりました。
不思議なご縁ですね・・。








I have been lucky enough thus far in my life that work has taken me to several major cities in different countries---top international travel destinations.  From my experiences, I can say without hesitation that St. Patrick’s Day truly is a day of celebration for many around the world.  My father’s diplomatic career and my international financial services career took me to Tokyo, Japan where I met my wife Kelly O’Connell at an Ireland Network Japan (INJ) function as she was the Social Officer and my work colleague Conor Mac Namara was the INJ Business Affairs Officer and one of the main organisers of the St. Patrick’s Parade.  The driving force behind the parade’s origins was the Irish Network Japan. The organisation was established to promote friendship and understanding between the Irish and their Japanese hosts. 

I was VP—Asia/Pacific of SunGard Capital Markets based in their Tokyo Head Office and looked the other way when Connor used our office copier for printing out documents/fliers for the parade. INJ had difficulty getting approval from the Japanese Government as they were suspicious of INJ and their application for the St. Patrick’s Parade and thought we were protesting and/or were terrorists and we had to inform them St. Patrick’s Day is probably the most widely celebrated saint’s day in the world which was celebrated internationally on the 17th of March and named after Saint Patrick, commonly recognized as patron saint of Ireland.  They reluctantly granted us approval twenty years ago.  On 17th March 2009, I visited the Irish Ambassador at his residence in Tokyo and he informed me that the Japanese Government is even stricter now than they were then and if we were to approach them now, we most likely wouldn’t receive approval!   On that auspicious day three years ago, my god son Shane Patrick O’Connell was born in Galway, Ireland.  

 We had a lot of craic being the first participants in the historic parade in 1992.  I have since returned to The St. Patrick’s Parade in Tokyo on numerous occasions and most recently returned to watch the parade in 2009. The marching bands and other sources of music fueled the excitement for thousands of spectators and participants, most dressed in green and many in colourful costumes. It was a day of fun with old school mates from my alma maters (St. Mary’s International School in Tokyo and Jōchi Daigaku-Tokyo”)

The growing numbers of Irish pubs in the area also send young, attractive females to hand out free beer vouchers (which seems to have become a major highlight of the event).     
   In Japan Saint Patrick’s Parades are now held in nine locations across Japan.  The Tokyo Tower are lit up with emerald green lights.









The largest Irish event in Japan is the Tokyo St. Patrick’s Day Parade.  It began in 1992 for the purpose of introducing Irish culture to the Japanese people. With the support of the Irish Ambassador to Japan, James Sharkey, the parade took off and is now entering its twentieth year. Saint Patrick's Parades are now held in nine locations across Japan.



Written by Michael Duke





















これからもゴールウェイ日本人会によるパレード参加は続くか分かりませんが、もしかしたらマイケルのようにあと何十年かしてから、ゴールウェイでのパトリックスデーのパレードはこれが始まりだったと話す時が来るのでしょうか。

今日はセンパレから一週間たって、お陽さまが優しく照っている気持ちの良い日曜日。
みんな昼からパブのテラス席で太陽の光を気持ちよさげに浴びながら飲み始めています。
道端ではストリートミュージシャンも気持ちよさそうに歌っています。
昨夜0時からサマータイムに切り替わりました。これからどんどん夏モードにシフトして行きます。

さぁ、今日も元気にまいりましょう


よしみ@わかふぇ 


Photo Courtesy:YOSHIMI HAYAKAWA

(アイルランド共和国現地 3/25ゴールウェイ電)