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2013年12月21日土曜日

✈【INJ Essay】✈☨Nollaig Shona☨ハッピークリスマス!The Irish Todayが誇る3名のアイルランド寄稿者/応援団(早川芳美・木原浩勝・小林直美)から今年最後の“愛のメッセージ”です。









今年もあと僅か。
アイルランドのギャザリングイヤーはまもなくグランドフィナーレを迎えます。

日本とアイルランドをあらゆる方面からコネクトする当ブログ『The Irish Today』では、いつも寄稿くださる、わかふぇ~の早川芳美様、日々ためになるアイルランド教材を提供くださる小林直美様、アイルランドをよりメジャーにしょうと共に奮闘下さるアイルランド応援団長、スタジオジブリ出身:ミリオンセラー作家:木原浩勝様に今年最後の原稿を頂戴しました。

編集部(一人ですが)サイドは、来年度よりパワーアップ、いや正確に言えばアイルランドのより広範な普及と言う意味でボトムアップという表現が適切でしょうか、日本とアイルランドをまたにかけたイベント・プロモーションをしかけますが、それにさきがけなくてはならない、この“アイルミクス3本の矢”3名のお言葉でさらに元気をつけたいと思います。

お三方、今年もありがとうございました。
そして来年もより一層!宜しくお願いします。








「2013年の締め」

早川芳美

                       
                   

ついこの前2012年の締めを書いたばかりのような気がしています。
もう1年も立っちゃうんですね。早いものです。。
2013年も残す所あとわずかとなりましたが、皆さんはどんな年の瀬をお迎えですか?

INJの田面さんから1年の締めということで、2日以内に原稿お願いします!との要請をいただきました。
普通なら「無理ですよ~」と断りそうなシチュエーションですが、今日はなんだかこころに余裕があるのでちょっとがんばって書いてみます。


参考のために去年自分が書いた2012年の総括を見てみました。
なんだかやたらめったら忙しく、突っ走った1年だった、と書いてあって、( Vol 23 ) そうだった、そうだった、と改めて思い出しました。

今から思えば2012年のあの1年は本当に必死でした。
「夢は?」と問われると答えは「直近の夢は目覚ましをかけないで目が醒めるまでゆっくり寝ること!」というもので(笑)毎日毎日眠かったという思い出があります。






今日のこの原稿を書き始めるまでは2013年はとりわけ、これをやり遂げた!っていう事がないな、と思っていましたが、そういえば、「ゆっくり寝ること」は最近できているので、その夢は叶っているな~、な~んだ進歩しているじゃん、とちょっとだけ自分を褒めてみたくなった私です。(苦笑)


今年の私は今までとはちょっと違いました。少なくともWA CAFÉをオープンしてからの私ではありませんでした。
ある人が私の事を、何があってもバリバリと音を立てて進んで行く人・・・なんて形容をしたこともありますが(笑)
わたし本人はそうとは思っていないのですが、そんな風なWA CAFÉYoshimiのイメージは今年はかなり薄れていたと思います。








去年のツケが来たのか、とにかく体も心も疲労困憊しており、特に気持ち的にはずっとイケてませんでした。
今から思えば、プチ鬱とか、プチバーンアウトのような症状だったのでしょうか??
専門的なことはわかりませんが、とにかくこころが瑞々しくない。。何事にもこころが反応しない。
見た目は普段と変わらなかったかもしれませんが、こころのバッテリーはすっかり消耗していました。
自分でもやばいなぁと思いながらもなんとか日常のいろいろをやりながら、仕事を続けていましたが、
自然と身体と魂を癒すことを求めていたようで今から思えばやたらと旅行やお出かけをしていた一年でした。(そしてなぜか今年はやたらといろいろな式典に招待される年でした)
癒しやスピリチュアルなことにもご縁のある年でもありました。


そんな感じでビジネスにまったくモチベーションが湧かなかったのでWA CAFÉのことも任せられるものは任して、新しいことはあまり始めたりせず、とにかく現状維持。
ビジネスも文化活動もこれまでやってきたことの繰り返しを、更にもっと安定した形にする作業に終始した年になりました。


そして新しい試みをするとなぜか難航する年でもありました。がんばろうとすればするほど、うまくいかない。
・・・そういう年だったのでしょうね。。
振り返ってみればこのINJさんの原稿もあまり書けなかったですね。エッセイを読んでくださっている皆さま、申し訳ありませんでした。






ずっとこんな状態が続いたら自分っぽくないな~、どうなるんだろう、なんて考えていましたが、人生の分岐点になるような出来事がありました。
こういう時にこそ、メッセンジャーというかメンタ―のような人が現れるのです。
びっくりしました。こういうタイミングでやってくるのか~、というタイミングでやってきてくれました。。


その時はそうとはわからないのですが、後になって、あの出逢いはそういうことなのかも、とわかるようになっているようです。(抽象的ですみません(笑))
その後もまた別のメッセンジャーが来てくれました。
世の中にはいろいろなめぐり合わせがありますね。
今までの人生を振り返っても要所要所でこういうことがあるので不思議です。
上の方で見ている誰かが、「はい、そろそろ・・・」とわたしの前に送ってくれているのかなぁ?と思えて仕方ありません。
今後の人生に大きく影響を受けそうな不思議な出会いとなり、大変感謝しています。



お陰さまで最近になってやっと自分の身体に魂が追いついてきた、という感じがしています。
そして去年の夢(笑)だった睡眠が取れるようになりました。


















今現在このような状況になれた2013年のすべてのことに感謝しています。。
これにはまず、WA CAFÉのメンバーがちゃんと商売を守っていてくれたのが大きな助けとなりました。
彼らのがんばりがなければ、一年ちゃんとやって来られなかったでしょう。
糸の切れた凧のように飛んで行ってしまったボスをちゃんと立てながらも、しっかり店を守っていてくれました。

この場を借りて、この1WA CAFÉで働いてくれたメンバー全員と特に長年勤務しみんなをまとめてくれている、アンドラスとタカコさんにどうもありがとう!とお礼を言いたいです。
そしていつも応援してくれている友達やお客さん、街の人、日本から繋がってくれている方々、地球のどこかでこのエッセイを読んでくれている方々にもお礼を言いたいです。

それから両親と、妹と妹の家族にも。今年は特に一緒にいる時間が長く取れて楽しい時間を過ごせて良かったです。


長い間かかりましたが、なんとか今秋の一時帰国で充電完了した気分です。


なんだかんだと怠満の言い訳をいろいろ並べましたが、確かに2012年に比べると2013年はゆっくりでしたが、それでも話題には事欠かない1年となったと思います。






毎年恒例となったWA CAFÉよしみのこの1年をダイジェストでご紹介します。


1月 第3回アクマコン ゴールウェイ大学でのアニメイベント

長年の夢が叶い、元ジブリで作家の木原浩勝さんと名探偵コナンのチーフプロデューサー諏訪道彦さんを特別ゲストとして日本からお呼びする。(Vol 25
その結果、アクマコンはダブリン、コークの首都も破って2013年度アイルランドのベストアニメイベントに選ばれる。
その後、一行でアイスランドへオーロラツアー。残念ながら見られず。




















2月 第5回短歌の会 ゴールウェイに加え今年はダブリンの日本大使館でも。俳句の会とのコラボ。




3月 帰化問題勃発 アイルランド人になるか日本人のままでいるか、選択をせまられる。詳しくは(Vol 26




4月 Galway Food Festivalに出展
 無事にビジネスビザ更新




5月 友達の結婚式や式典参加でお出かけが多かった月



6 Sea Festival 鳴り物入りで開幕したのだが・・・(Vol 27(Vol 28)





718年ぶりの猛暑。雨も降らないし、毎日30℃近くになり、すっかりゴールウェイの雨を忘れる。毎日アイスクリームを食べて暮らす。みんな屋外でビールなどを飲んでいて商売あがったり :(



8月 妹が夏休みに子供3人連れて遊びに来る。ちびっこ3人と毎日     ワイワイガヤガヤ。とても癒される。WA CAFE5周年。姪っ子もWA CAFEメンバーのトモミさんも同じ誕生日で大パーティ♪








9月 ギリシャ・アテネに旅行。小泉八雲展の打ち合わせに参加 (Vol 29
ゴールウェイのセレブビジネスに交じって「ゴールウェイオイスターフェスティバル」  にWA CAFÉブース出展










10月  石巻市での「三陸オイスターフェスティバル」にWA  CAFÉスタンド出展。去年修行させていただいた寿司屋さんを訪問したり。日本に一か月近く帰国。アイルランドに来てから一番長い日本滞在。両親と旅行したり、伊勢神宮に参拝したり。























11月 ビジネス立て直しにかかる。充電もほぼ完了。
















12月 静かなクリスマスシーズンを迎える。Vol 30



今年初めに挙げた3つの目標についてはまだ続行中です。(Vol 24
今年一年で結果を出すのは難しいとわかりましたので、長い目で見て繋がる所からひとつひとつ積み上げて行けたら、と思います。
考えてみたら今までやってきた全ての事がこれまでよりも楽になりつつあります。ビザのこともフェスティバルのこともビジネスのことも。。
継続は力なり。諦めずに続けて行きます!


今年もたくさんのみなさまのお陰で無事過ごすことができましたこと、こころからお礼申し上げます!
このエッセイを掲載してくれているINJさんとインターナショナル!広報担当の田面さん、今年もありがとうございました。
来年はもうちょっと書けるよう、がんばりますね!


では、みなさま、どうかよいお年をお迎えください。
2014年もみなさまにとって幸多き、素晴らしい年になりますように!

20131220日 (明日が一年で一番夜が長い日です!)
早川芳美@WA CAFE






















「アイルランドとのご縁」

木原浩勝






はじめまして、あるいは、こんにちは。
主に”怪談”という名の日本のゴーストストーリーを書いている作家、木原浩勝です。
ご縁があって再びINJさんで原稿を書かせて頂きます。

歴史という流れには常に、"if"というものが付きまとうといいます。
もし、ここでこの人物に会わなければ……。
もし、この日、この場所に行かなければ……。
もし、この日、決断しなければ……などなど。
大げさな言い方かもしれませんが、私とアイルランドとのご縁は、まさにこの"if"だらけだったと思うのです。
それははなはだ個人的ではありますが、今もこの"if"のお陰で出来上がった奇跡だと思っています。






もし、私が10才の時にテレビで、ジョン・フォード監督の『静かなる男』を観て、アイルランドに憧れを持たなければ……。
もし、自分の書いたマンガの原作の中に、イニシュモア島を舞台にした1シーンを作らなければ……。
もし、このマンガの復活を目指して、本物のアイルランドをみてみたいと思わなければ……。
もし、ゴールウェイの町の中で、WaCafeの早川さんと出会わなければ……。
もし、その店内で、たまたま手にした雑誌に、ジブリ美術館(元:私はスタジオジブリ制作デスクでした)の特集がなければ……。
もし、その雑誌にサインを記して、早川さんに名刺を手渡さなければ……。
もし、ゴールウェイ大学「Akumakon」実行委員会の学生さんが、そのサインを見て「来て下さい」とお声がけ頂かなければ、私は二度目のアイルランド無かったと思います。













学生さんからの依頼を受けて、
「私がゴールウェイ大学で日本のアニメとマンガの特別講義をするので、もし宜しければどなたかご一緒しませんか?」
と声を上げた時、当時、読売テレビの編成局・アニメ事業部所属のチーフプロデューサー、諏訪道彦氏が手を挙げてくださいました。

つまり、奇跡のような繋がりから、2013119日にアイルランドに二人で降り立ったのです。






ゴールウェイ大学「Akumakon」スタッフにとっては、日本からやってくる二人のアニメ関係者の姿に、驚きにも似た歓迎の声を上げて下さいましたが、私たちにとっては、日本から遠く離れたアイルランドに、これほど熱心なアニメやマンガに興味を持つ学生がいることの方が驚きでした。
大学のホールには、日本のアニメやゲームのコスプレをした学生達でいっぱいだったのです。


私たちは、心の中では、作品に国境は無いと思っていましたが、マンガ雑誌一冊簡単に手に入る訳でもなく、テレビをどれほど観ても日本のアニメなど放送していないこの国で、一体何故、こんなにも熱心に私たちの話を聞いて下さるのか……? むしろ私たちの方が学生達によってアイルランド人の気質や人情を知る機会を得たのです。
みんな控えめで大人しく、シャイで優しさに満ちていました。
振り返ってみれば、私が10才の時に観た映画の中に登場する人々が、今も何も変わることなくアイルランドに息づいていたのです。
嗜好や考え方、食生活まで簡単にガラリと変わってしまう日本と、あまりにも違いすぎて驚きました。
この学生達との触れ合いが、今回の旅で何よりの財産となりました。
講義を終えた後、WaCafeの早川さんの案内で、初めてアイルランドの自然を目の当たりにしました。


実は最初に訪れた時は取材を目的としていたバス移動だったので、アイルランドにいながらアイルランドらしいものにほとんど触れていなかったことを早川さんのお陰で知ることが出来ました。


ぶっちゃけ!
何と素朴ないい国なんだろう!


それを知ることが出来たのです。






















昔からほとんど変わることのない農地の風景。地平線の彼方まで続く緑。
こんな風景、今の日本ではどこに行っても見ることが出来ません。
アッシュフォード城にふらりと立ち寄って感じた、長年の歴史を感じさせる佇まいと、そのまま残されている調度品に直にふれることが出来るこの驚き! ここで食べたサンドウィッチセットも美味しかった!
特出すべきは、スモークサーモン。聞けば城の近くの川でとれたサーモンで作ったとのこと。50年以上生きていて、私はこんなに美味しいスモークサーモンは食べたことがありません!


学生さんから「日本の文化は素晴らしい」「日本に憧れを持っています」と何度も声をかけられましたが、とんでもない!
このアイルランドという国は、日本が遠い昔に忘れてしまった数々の豊かさというものに満ちていると正直に思うのです。
何を見ても、何を食べても、どこに行っても、私はアイルランドの方がずっとずっと素晴らしいと思うと同時に、この国に憧れていて良かったとしか言いようがないのです。
もちろん、日本にも歴史や文化が残っています。
しかしそのほとんどは、観光としての名所になり、あるいは観光的に都合のいいように手を加えられたものばかりなのです。
人々が住む町を離れて、ほんの10分もたたないうちに、昔から変わらない自然と共に暮らす生活や習慣が残っていることは、大きな歴史的遺産に勝るとも劣らない立派なことだと思うのです。
きっと、日本人の誰もがアイルランドを旅すれば、私と同じことを思うに違いありません。















当然のことながら私は、帰国の途につくなり、もう一度アイルランドに行きたいと願ってしまったのです。
もし、もう一度「Akumakon」の学生さんが呼んでくれたら……。
もし、この時の旅でご縁というものが出来ていたのならば、何年か後にはきっとアイルランドの地を踏ませてもらえる?


そうしみじみ思っていましたが、この時感じた「もし」がご縁となって、来年2014年にもう一度、アイルランドの学生さんに呼んで頂くことになりました。
来年、更なる感動がきっと待っているに違いない!
今からワクワクが押さえきれません。
アイルランドとのご縁、ありがとうございます!来年もよろしくお願い致します。



木原浩勝





























「今こそ、“世界基準の日本人”へ」

小林直美









国際交流やグローバル社会ということばはもう誰もが聞きなれている言葉だと思う。思えば日本は幕末の黒船来航より近代国家へ向けてまっしぐらに突っ走り、世界第一位の経済大国にもなったが、いまだに日本人の完全なるグローバル化(私はこれを「世界基準の日本人」と称している)はかなっていないような気がする。



自分自身も英語を20年間学び続け、英語圏の国にも長期滞在し、英語圏でない国も多々見てきたが、日本から出れば出るほど、そして外国人と接すれば接するほどいやとういうほど感じたのは自分の日本に対する無知さだった。英語を学び始めたばかりの20代の頃は英語の習得に必死でそこまで考える余裕がなかったが、ある程度英語ができるようになってくると、やはり会話の中で自国の歴史や文化について触れることが多くなり、ある時、なぜ自分はこれほどに日本のことを知らないのだろうと思ったことがある。



だが、帰国と同時にそんなことも次第に忘れ、30代になり東京で勤め始めた頃、この問題が自分の中によみがえってくる出来事があった。それは、勤務先の英語学校の生徒の「どうすれば流ちょうに話すことができるようになるのか」という悩みだった。その時私が思い出したのは、若かりし頃バックパッカーとして旅をしているときに出会った人々のことだった。例えば、ニュージーランドで出会った10代のアルゼンチン少年やクラスメートだった中国人や韓国人、フランス人やスイス人など、皆、英語が特別上手なわけではなかったが彼らがひとたび自国や自分のことを話し始めるとすらすらと口から言葉が出てきていたように思う。彼らはここぞというときにはまるでその国の代表のように一生懸命説明や主張をするし、堂々と自国を誇りに思うという。今思えばそれはあたりまえのことなのだが、日本人にはそれがない。もしかしたら、そこが問題なのではないだろうか、とはっとした。



では、この問題の根底にはいったい何があるのだろう。人間というのは知らないことはうまく話せないし、知っていることならうまく話せる。母国語と同じように、とまではいかないかもしれないが普段から考えていて頭にあることなら、つまずきながらでも身振り手振りででも、自分の国や自分のことは何とか伝えようとするだろう。ある程度の英語力があるなら、私たちだって日本のことを流ちょうに話せばいいではないか。なのに、なぜそれができないのだろう。日本人が「和の心」を重んじる民族だからか、はたまた「沈黙は美徳」や「以心伝心」を信じているからか。いや、それだけではどうも説得力に欠ける。そして、行き着いたのが、実は日本人はあまり日本のことを知らないのではないか、ということだ。













「日本のこと」とは、単に学校で習う歴史や地理ではない。一つの民族が共有する歴史(国史)・文化・神話を指す。中でも神話には、日本の成り立ちや天皇、日本人にとって一番大切なものとは何かなど、日本人の根幹にかかわることが書かれている。言い換えれば、私たちの日本人たるアイデンティティーを形成するものだ。日本人が日本人のことを知らないのは、また、自分の国を誇りに思うとなぜか公言しがたいのは(大震災後変わりつつあるようにも思うが)、日本が先の大戦で敗れたことによる。GHQによる様々な日本変革には教育や神道に関することも組み込まれており、これが戦後70年近くたった今も、日本人の知らないところでいまだに私たちの心を蝕んでいる。このことを知ったのはほんの数年前だが、子供を持つ母親として一瞬目の前が真っ暗になったのを覚えている。さらにある本で、民族の歴史や神話を学ばなければその民族は滅んでしまうということを知ったとき、いてもたってもいられない気持ちになった。そして、このことが、私がSupermom Japanを立ち上げる大きなきっかけとなった。


「世界基準の日本人」の育成のためにはまず、自分の国を知ること。そして、それを発信する手段として英語を学ぶこと。だが、日本の企業の5割(大手企業は7割)が外国人留学生を採用している現状からして、私たちはそんなに悠長なことは言っていられない。その焦りが文科省を小学生からの英語教育や、中学からの英語による英語の授業(2020年~)に駆り立てているのだろうが、大切なのは英語を単に話すことではない。英語で何を伝えるか、その中身が肝要だ。これまで学んだ英語がいざというとき役に立たず(特に歴史問題などで窮地に立たされたとき)自分を助けてくれないという経験をこどもたちにはしてほしくない。






ならば、どうすればいいのか。それは、英語で日本を学ぶことだ。そうすれば、一石二鳥どころか、「一石三鳥」の効果が得られる。英語と日本が同時に学べ、しかも日本人としてのアイデンティティーも育まれる。確固たるアイデンティティーがあれば、それはれっきとした世界を渡るパスポートになる。Supermom Japanが目指す英語教育の原点はここにある。これから英語を学ぼうとする人や日本の未来であるこどもたちには遠くのゴール(英語を習得すること)を見つめるあまり自分の足元を顧みない学習方法はお勧めしない(私はこのことに気付くのに10年もかかってしまったが)。今、世界で英語を話す人口は約20億人。そのうちネイティブスピーカーは2割にも満たない。ほとんどの人が英語を外国語として学び生活をしている。日本人は完ぺきな発音や文法にとらわれ過ぎず、気後れすることなく日本を発信してほしい。そして、こどもたちにとって身近で最高の手本となるのは、ほかの誰でもない、私たち日本人の大人なのだ。今こそ、「世界基準の日本人」を育てるべく大人が本気で行動を起こすべきではないだろうか。


平成2512月吉日 Supermom Japan代表 小林 直美


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