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2014年2月5日水曜日

✈【INJ Essay】✈寄稿『Akumakon リターンズ2014』~木原浩勝~ Irish largest Anime&Manga Convention in Galway Written by Hirokatsu KIHARA~





『Akumakon リターンズ』

Hirokatsu Kihara






1月16日、ダブリン空港に無事到着。
今回のルートは成田空港からフランクフルトを経由してアイルランドに入りました

昨年に続き、2度目となる今年は、私、木原浩勝と、読売テレビ制作局長・諏訪道彦プロデューサー、加えてもう一人の友人と一緒に旅して参りました。
その人の名は、和田薫さん
日本を代表する作曲家、指揮者の人です。
アニメでは「金田一少年の事件簿」並びに「犬夜叉」の音楽家として、とても有名な方です。




更に私が個人的に凄いと思っているのは、『ゴジラ」シリーズをはじめ、東宝映画や大映、東映の映画音楽を務めた、伊福部明先生の愛弟子だったりします。
諏訪さんや私は、昨年のAkumakonで多少の顔見知りも多いですから、ゴールウェイ大学の皆さんに知って頂きたかったのは、なんといっても和田薫さんの音楽の世界感です。
それは、単にアニメの音楽を手がけてこられたからというだけでなく、和田さん自身がアイリッシュの音楽に大変な影響を受けているということだからです。
一度はあのアイリッシュ音楽を作った風土や人々とふれあって、その根源を体感したい!
と言う和田さん。


その影響を受けて音楽を作る人物とはどんな人柄なのだろう?と興味津々のAkumakonの会場……。
この二つがまさに一つとなったシーンがありました。




和田さんが日本から持って来た映像。ドイツ・ケルンの放送管弦楽団の前で「犬夜叉幻想」の指揮をとった秘蔵映像が流れた瞬間です。
オーケストラで奏でられるアニメの曲。
それを指揮する和田さんの映像。
そのご本人がスクリーンの横に座っているわけです。
Akumakonのお客様は、釘付けになって息をのんでいました。

この和田さん自身が、トークの中で、
「僕はアイリッシュの音楽が大好きです。」
と一言語った瞬間、場内は割れんばかりの拍手が起きました。
それは同時に、私たち3人も、日本から来てよかったと心から思える瞬間でもありました。






私が預かって来たのは、日本で初めての日米同時上映が決まった、アニメ製作会社・ボンズの最新作「スペースダンディー」の予告編。
当然予告編ですので、詳しい内容はわからないものの、圧倒的キャラクターセンスと冒険活劇を予感させる宇宙を舞台にした画面を見て、もの凄く大ウケ!
この映像提供も、ボンズの社長、そしてプロデューサーの南雅彦さんの迅速な動きによって実現したものです。
意思に賛同して下さったバンダイビジュアルさん、並びに製作委員会の皆さんには心よりの感謝を申し上げます。


続いて、諏訪さんが持って来て下さった映像がかけられました。
現在、日本で絶賛上映中の劇場映画「ルパン三世vs名探偵コナン THE MOVIE」の予告編。短い時間ではあるもののスクリーンで映し出される本作品の予告編は、間違いなくヨーロッパで初めてなので、まだ「ルパコナ」を体験していないお客様も、そのスピーディーな映像には大変驚いていたようでした。

それでも私が一番驚いたのは、現在日本で興行成績が40億円を突破したというその凄まじい数字でした。
(ちなみに、40億円って何€だっけ?と、通訳も、桁が多すぎて首を捻ってたのが面白かったです)
しかしながらアニメの映画がそれほど大きな成績をたたき出すんだという事実が、アニメ大国日本だと証明する結果として、お客様に伝わったことは間違いありません。





もう一つの諏訪さんの目玉が、「アニメミライ」という文化庁によって制作されたアニメ映像の上映です。
日本のアニメ文化を世界に知ってもらいたいという目的も含んで制作されたアニメーションだったので、現在のアニメ制作事情や、作品そのものに英語の字幕スーパーがつけられていたので、さすがに内容のわかるこの上映は大きくお客様をわかせました。
有り難い事に、諏訪さんやアニメを制作したみなさんが狙った笑いやサスペンスのツボは、見事にアイルランドのお客様にも通じて、ちゃんとウケるべきところでは大ウケ、ハラハラするところではハラハラするという、狙い通りの感触になりました。
それを見た諏訪さんが、ちゃんと伝わるんだ、と感無量の一言をもらしていました。


さぁこの後は、私たちが日本から持っていったダンボール4箱分のプレゼントタイム。
2回目のAkumakonが決まってから、時間をかけて、各社の皆さんに協力頂いて、コツコツ集めたものです。
日本のアニメグッズがほぼ手に入らないアイルランド・ゴールウェイにいらしたお客様にとって、ジャパン・クオリティーというものを少しでも知って頂くための意気込みが伝わって頂ければ、私たちはとても嬉しいんですが……。

今回のアイルランドの旅、第1部、Akumakon編はこれにて終了。





続いて第2部。
観光編!

今回参加して下さった和田さんに最初の大喜びがやってきます。
それは、夜案内されたパブでのアイリッシュ音楽の生演奏!
もちろん私も間近で見る生演奏は初めてですが、いやぁもう、そのテンポの良さと、息がピッタリと合ったそれぞれの楽器の奏でる音楽の素晴らしい事、素晴らしい事!
話を聞けば、即興で出来るレパートリーは1000曲近くあるとのこと。






何て凄いんだ、アイリッシュ!


しかも、私の横では和田さんのオーディオコメンタリー付きです。
音楽を聴いてノリノリの和田さんの解説の、楽しい事、楽しい事!
いかにこの生演奏をパブで聴きたかったのかという、和田さんの抱いていた気持ちがバンバンと伝わってきます。

中でも印象的だったのは、「このバンドマスター、凄いね! みんなを見事に引っ張ってる」と何度も感激した言葉をもらしておられました。


Akumakonのステージの翌日、現地日本人ガイドのまりこさんの案内で、アイルランド観光をしてきました。
こちらからの要望は、「短い時間内で申し訳ありませんが、これがアイルランドだ!を見せて下さい」
わかりました! と言って連れてって下さったのが、「妖精の門」。
こんなお願いをしておきながら、いきなり私の趣味(怪談の仕事)にどっぷり。やはりアイルランドの不思議世界から、妖精を抜くわけにはいきません。
いまだに強く信じられている妖精の存在、それを伝説として色濃く残すところはないでしょうか? というリクエストに答えて下さったのが妖精の門でした。
行ってみればすぐにわかりました。
古代ケルト人の小さな集落の跡です。




円形上に掘りを巡らし、その掘った土で土塁を作って集落を守る、その遺跡の跡です。
それを地元の人は、歴史も所縁もわからないが故に、妖精の門と呼んだのでしょう。
実際、何故その遺跡に「門」とつけたのかは、よくわからないそうです。
不思議な異物は妖精と関わりがあるんだ、という民間伝承の流れなのでしょうか……。
ただ、私はここで、一枚の不思議な写真の撮影に成功します。
原因がはっきりとしない、光をとらえたのです。
恐らくこの写真を現地の人が見れば、「ほら、やっぱり妖精はいるだろ?」と言われるに違いない一枚でした。
いやぁ、来てよかった。
2番目に喜んだのは私でした。





次は「巨人のテーブル」の見学。


実は現在、日本では「巨人」と名のつく某マンガ作品のお陰で、巨人という言葉にいささか敏感な私たち。
それでなくても、小さな妖精の次には巨人ですかい……!?
この心を読み取ったかのようにガイドのまりこさんから、
「あまり期待されては困るので先に言っておきますが、元は、テーブルと呼ばれていたのであって、巨人と名がついたのはつい最近なんです。実物を見てあまりガッカリしないで下さいね」
と教えて頂きました。

ごめんなさい、私が、巨人、巨人、と騒ぎすぎました。反省しています。
さて、見ました!巨人のテーブル!
岩だらけの荒野の中でポツンと組み上げられた石のテーブル。
実のところ、日本の古墳から土を取り除いた後の石室によく似ていました。
もうちょっと解りやすく言えば、奈良県にある石舞台という遺跡の石を、薄い石の板で組み上げたと言えばいい形状です。
実際、ここからは赤ちゃんを含めておよそ36体の人骨が発見されたそうですから、死者を弔う一種の禁足地だったかもしれません。

この見学のとき、よほど日頃の行いが良かったのか、神様が絶景を見せてくれました。
なんと、巨人のテーブルの後方に、巨大なアーチ状の虹が出たのです。
案内して下さったまりこさんの話によると、雨のよく降るアイルランドでは、虹そのものが珍しいわけではないけれども、綺麗なアーチ状を描く虹は大変珍しいらしく、ことに長いガイド歴の中で、巨人のテーブルにアーチの虹を見たのは初めてなんだそうです。
これを聞いて、3番目に大喜びしたのが諏訪道彦さん。
「ラッキーですね!」
それもそのはず。
テーブルに行く途中のガイドで、たまたまレプラコンという名の妖精伝説を聞いていたからです。

今考えてみれば、虹が出る事なんて知らなかったのに、どうしてこんな虹の伝説の話をして下さったのやら……。
さて、このレプラコンという妖精は、黄金が大好きで、貯めた黄金をツボに入れて虹の根元に隠すんだとか。
そして目の前には大きな虹。
あの下に、黄金がザクザクなんですね。
3人で掘りに行こうかと頭を抱えていると、あっさりとまりこさんから、次に行きますから。と笑顔で注意を受けました。






そしてとうとうたどり着いたのが、「モハーの断崖


この絶景に、3人は大喜び!
なんと言っても、崖から垂直200メートル、真っ逆さまの下には海ですからね!
こんなに怖い絶景は、なかなか見る事は出来ません。
観光客が沢山訪れる場所には、当然のごとく柵はありますが、ほんの4、50メートル離れるだけで、柵も何も無い断崖。

まるで、飛びたければどうぞ、と言わんばかりに。笑
実際、飛びたくなくても、陸側から海側に向かって時々突風が吹き、あっという間に飛ばされて眼下の海に落下する人も少なくないとか
この日は、小雨まじりながらも海側から陸側への風でちょっと安心でした。
お陰で、調子にのった我々3人は、まぁちょっとここでは書く事が出来ない危険な撮影を敢行し、カメラ片手にしゃがみ込んで写真を撮りまくりました。
日本の観光地ではまず許してもらえないと思われるような場所での撮影に、おまたが縮み上がるようなスリリングな観光をして、再びゴールウェイへと帰ったのです。




その途中、美味しいご飯を食べたい! と騒ぐ私たちに、まりこさんは、絶品レストランを予約して下さいました。
なんとそのレストラン、現在の天皇陛下が、皇太子殿下の時に訪れて食事をされたという、とっても凄いお店でした。
いやぁ美味かった!!
現在のところ、私たちの中で、アイルランドNO.1のお店です。
心もお腹も満足して、Akumakonのクロージングセレモニーの壇上へと戻ったのでした。





いやぁ、アイルランドは来れば来るほど奥が深い!
豊かな自然に、ケルトの遺跡、妖精の伝説、美味しい料理。人々のシャイな人柄。
行く度に余計奥の深さを知る思いです。
次にアイルランドに訪れる時には、いったいどんなアイルランドに触れることが出来るのか、今からもうワクワク気分です。


(了)








木原浩勝 :Hirokatsu KIHARA Profile


怪異蒐集家を自称する木原浩勝は、日本を代表する怪談作家にとどまらず、イベントやトークショーの司会者、出版・映像を軸にしたマルチメディアプランナーとして日本の新しい文化を常に作り出しています。

「怖いばかりが怪談ではない」を生涯のテーマに掲げた彼の代表作は怪談「新耳袋」(中山市朗共著)。既にシリーズ130万部を突破し、発刊25周年を迎える今でも、TVシリーズ、映画、ゲーム、コミック、デジタルコンテンツ化の勢いが衰える事なく、多くのファンを魅了し続けています。
更に、「九十九怪談」「隣之怪」「禁忌楼」など、読み手にとっても斬新な切り口で怪談の著作活動を続けており、多くの出版社、クリエーターと共に、新たなる怪談の世界を世に送り続けています。

イベントプランナーとしては、真夜中に行われるにも関わらず常に満員の「新耳袋」トークライブが2014年には通算100回目を迎える他、島根県松江市での「松江怪談談義」、声優による朗読会「怪し会」など、怪談イベントの場を確固たるものにしています。

また、シリーズ300万部を突破した「空想科学読本」の出版企画実績や、その薀蓄や分野の洞察により「京都怪獣映画祭」、日本最大級規模フィギュアイベント「スーパーフェスティバル」、漫画家・楳図かずお氏の「楳図カーニバル」等、マンガ、アニメ、怪獣、特撮のジャンルにおいても今や、年間に約20本を超えるイベント司会をこなしています。

近年では、元・スタジオジブリ制作デスクとして「となりのトトロ」「魔女の宅急便」等、多くの作品を手がけた実績より、2013年アイルランド・ゴールウェイ等へ招聘され、日本のアニメ文化を伝えるべく文化講演活動も開始することになり、海外からも高い評価を頂いております。

そもそも幼少の頃から、怪談を聞き集め、怪獣やアニメを趣味に育ち、大阪芸術大学を卒業。スタジオジブリで宮崎駿監督の元でアニメ制作に携わった後退社。その後も趣味であった怪談や怪獣、アニメを仕事とし現在に至ります。

木原浩勝はいつも作品を楽しんで頂くお客様に、作品を共に作り上げて下さる関係協力者に、そして色々な話を聞かせて頂けるご縁のあった全ての皆様にいつも感謝しております。

「日本のみならず、海外にも!」を合い言葉に、怪談だけでなく、日本の新しい文化を伝えるべく、力強く新たな作品を生み出し続けます



Hirokatsu Kihara who calls himself “Kaii-shushu-ka or Mystery collector” is not just one of the most popular ghost story writers in Japan. He takes a role as a host in events and talk shows and as a multimedia planner who creates new Japanese culture.

“Just because it’s a ghost story doesn’t mean it’s scary” he says. Kihara has been dedicating his life to “Shin-mimi-bukuro” – a masterpiece of his works. The serials have been selling over 1.3 million copies and attracting many fans through TV, movies, games, comics and digital contents even after their 25th anniversary. In addition, he keeps writing books such as “Tsukumo Kwaidan”, “Tonari-no-kai “,”Kinkiro“ and shares his own new ghost story worlds with many other publishers and creators.

In 2014, he will give his 100th public talk on “Shin-mimi-bukuro” in a hall which is usually packed even during the midnight. He has consolidated his position as an event planner by producing other ghost story events such as “Matsue Kwaidan” in Shimane and “Ayakashi-kai” where professional voice actors read ghost stories before the audience.

Kihara also arranged to publish “Kuuso-kagaku-dokuhon”, serial science fiction, which sold over 3million copies. His broad knowledge and great insights have been making him a unique and indispensable host in more than 20 events a year such as “Kyoto monsters film festival”, “Super Festival (one of the Japan’s biggest figure event)” and Japan’s famous comic book creator Umezu Kazuo’s “Umezu Carnival”.

Young Kihara gained his currier as a managing editor at Studio GHIBLI and undertook world-famous Miyazaki animations such as “My neighbor Totoro“, “Kiki’s Delivery Service” etc. In late years, he was invited to Galway, Ireland because of this. He talked to the locals about Japan’s animation culture and this was highly valued from abroad.

As a child, he was always interested in ghost stories. His favorites were monsters and animations and he graduated from Osaka University of Arts. He worked under Hayao Miyazaki of Studio GHIBLI for years and started taking a new path to specialize in the fields of ghost stories and monsters in addition to animations.


Kihara is always grateful to fans and all the people who help him with his works and who tell him interesting stories. And now he believes it is time for him to introduce Japan’s new part of culture to both Japan and overseas through his future works.








~2014 Akumakon  Lovely Showcase~

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